令和5年10月1日から複数税率に対応した消費税の仕入税額控除の方式として「インボイス制度」が始まります。今回は美容業界に起こりうる影響を解説していきます。
インボイス制度は正式名称を適格請求書等保存方式といい、取引の正確な消費税率や消費税額、取引内容等を記した適格請求書(インボイス)の発行・保存を求めるもので、『仕入税額控除』を受けるための新しい制度です。
この制度が導入されると、インボイス(適格請求書)がない場合、仕入れ時の税金が控除されることが認められなくなります。
インボイス制度の導入を決めた背景には、2019年に採用された軽減税率の存在があります。これにより、10%と8%の2種類の税率が同時に使われるようになりました。
しかし、複数の税率の混在が原因で経理の事務処理でミスが頻発したため、社会的に問題視されるようになりました。
また、仕入れた品の税率が8%だったのに、10%で計上すれば2%の不当な利益が発生します。このような経理上のミスや不当利益を出さないよう、請求書の記載内容を追加し、商品ごとの価格と税率を記載した書類を保存することになりました。
それがインボイス制度なのです。
では、インボイス制度によって受けることができる、仕入税額控除とはなんでしょうか。
仕入税額控除とは、仕入れや経費にかかった消費税を控除する仕組みで、同一の商品から重複して消費税を支払わないようにするものです。
消費税は、商品や製品、サービスなどの取引に対して課される税金で、消費者が負担して、事業者を介して国に納付されます。
その際、生産や流通といった各取引段階で二重、三重に消費税が累積しないよう、仕入にかかる消費税額を控除する仕組みがとられているのです。この仕組みが仕入税額控除です。
仕入税額控除の仕組みを利用した場合、納税する消費税額は『売上時の消費税額―仕入れや経費の消費税額』となります。
例えば、仕入で発生した消費税が7000円で、売り上げにかかる消費税が10,000円の場合、仕入で発生した消費税7,000円が仕入税控除の対象となり、差額の3,000円が申告・納税額となります。
この計算は消費税率が一定の場合は簡単ですが、8%と10%が混在してしまうと取引する側もされる側も非常に分かり辛いものになります。
インボイス制度は、このような複雑になりやすい適用税率や消費税額等を記載した適格請求書を新たに発行することで、取引先に消費税にかかる正確な情報を伝え、正しく仕入税額控除を受けることができるようにした制度なのです。
インボイス制度を理解するためには、課税事業者と免税事業者の違いを知っておく必要があります。
課税事業者は、国に対して消費税を納める義務を負っており、免税事業者は消費税の納付の必要がない業者になります。
年間の売り上げが1000万円以下の比較的規模の小さい企業は、納税が経営に大きな負担となることがないよう免税事業者として消費税が免除となり、売上時に得た消費税をそのまま収益に計上できます。
以前より、免税事業者の納税免除に対しては、公平ではないという声が多くあがっていました。
しかし、新たに制定されるインボイス制度では、仕入税額控除となるためには課税事業者となることが条件となります。
それにより、今まで納税義務を免れていた免税事業者が、インボイス制度に対応するために課税事業者になる可能性が高まります。
それによって納税の公平性が増すことも、インボイス制度導入の目的の一つとなっています。
では、美容サロンにはこのインボイス制度の導入によってどのような影響があるのでしょうか。詳しくみていきましょう。
まず、課税事業者がこの控除を受けるには、仕入れ先から適格請求書等を発行してもらう必要があります。
サロンの場合だと、日々使用する備品や消耗品を仕入れるたびに、適格請求書が必要となるということです。
しかし免税事業者は適格請求書を発行する権利がありません。
そのため、課税事業者が免税事業者に仕事や仕入れを発注すると適格請求書等を発行してもらえないため、仕入税額控除が受けられなくなってしまいます。
仕入税額控除が受けられないと、仕入時に支払った消費税は考慮されず、売り上げからも消費税が引かれ二重に課税が行われてしまうため、サロン側の収入が減少します。
そういった理由から、仕入先が免税事業者の場合は、サロンの売り上げを守るため対応を考慮する必要があるのです。
また、考慮すべきなのは仕入先だけではありません。ヘアサロンの形態で多い従業員と業務委託契約を結んでいるケースも同様に対応を検討しなくてはいけません。
サロンがすべき対応方法としては、大きく2つあります。
ひとつは、免税事業者に課税事業者へ変更を促すこと。
もう一つは別の課税事業者となっている業者へ依頼先を変更すること。
このどちらかとなってきます。
免税事業者は売り上げがたとえ1,000万円以下だったとしても、必要な申請を行うことで課税事業者と同じ扱いになることは可能です。そのため、課税事業者に変更さえすれば、取引側にとっては大きな問題はありません。
しかし、今まで免税事業者だった側はそうではありません。変更すれば当然免除されてきた消費税を納める必要が出てきます。税負担だけでなくさらに経理作業も同時に増えるため、事務負担ものしかかってくるということになります。
また、従業員と業務委託契約を結んでいるケースはさらに複雑です。
もし免税事業者のまま雇用を継続する場合は、消費税の負担増加分をサロン側が負うのか、従業員が負うのかを交渉して決めなくてはいけません。
もし従業員に負わせる場合は、歩合を変更し従業員が受け取る報酬を減額する措置を講じますが、従業員側にとっては収入が大きく減額するわけですから、委託取消となる可能性も十分あるため、慎重な対応が求められます。
どのような対応がサロンにとってベストなのか、早い段階で決めておくことがトラブル回避につながります。
業務委託契約を結んでいる方や、フリーランスで働かれている免税事業者は、課税事業者になって適格請求書発行事業者に登録すべきなのかと悩む方もいるでしょう。
免税事業者は、適格請求書発行事業者にならない場合、取引先から消費税額分の値引きを要求される可能性や、取引から除外される可能性があります。
反面、適格請求書発行事業者となった場合、消費税額の申告と納付が必要となります。
まずは、取引先が課税事業者なのか、適格請求書の発行を希望するのかを調べてみましょう。
もし、取引先が全て一般消費者、あるいは同じ免税事業者であれば、適格請求書発行事業者にならなくても、顧客に対する影響はないでしょう。
『委託元は消費税が増えても問題ないか』
『顧客は一般消費者が多いのか、課税事業者が多いのか』
『個人の消費税額の負担が発生しても問題ないか』等
課税事業者となるべきか否かは、会社の業績や取引先の状況を踏まえて検討しましょう。
2023年の10月から始まるインボイス制度ですが、導入後からすぐに免税事業者からの仕入税額控除が受けられなくなってしまうわけではありません。
段階を踏んで変わるよう、経過措置が設けられています。
2023年10月1日から、3年毎に控除の割合が減っていき、2029年10月1日から完全に移行する予定となっています。
例えば、控除割合が80%の場合は、仕入にかかった消費税の内80%までを控除してくれることになります。
仕入額税が7000円なら、その8割である5600円が控除額となるので、売上時にかかった消費税10000円から5600円を差し引いた4400円が納税額となります。
ただし、経過措置期間に免税事業者から仕入税額控除を適用するには、免税事業者に区分記載請求書と同様の事項が記された請求書を発行してもらうことと、経過措置の適用を受ける旨を記載した帳簿の保存が条件となります。
取引先が免税事業者で、経過措置の割合控除で対応する場合でも、事前の準備が必要となるため注意しましょう。
課税事業者はもともと消費税の申告と納付が義務付けられていますが、今後インボイス制度が導入となった場合はインボイスの発行と保存も義務化されます。
それに対応するためには事前に的確請求書発行事業者登録をし、登録番号の通知を受けておく必要があります。
登録用紙を国税庁のWEBサイトからダウンロードし、納税地を所轄する税務署長宛に郵送にて申請します。
登録はe-Taxによる手続きでも可能です。
税務署の審査に通り、適格請求書事業者として登録されると、『登録通知書』が送付されます。また、登録番号は国税庁のホームページでも公表されます。
申請書の受付はすでに2021年年10月1日から開始されています。
2023年10月1日からすぐに適格請求書を発行するためには、期限である2023年3月31日までに登録申請書を提出しなければいけません。期限を超えてしまうと適格請求書を発行できるのが翌年からとなってしまうので注意しましょう。
インボイス発行事業者には、消費税の課される取引を行った場合には、いくつかの義務が生じます。
1.インボイスの交付
インボイスの発行事業者は、消費税の課される取引を行った場合には、その取引方(課税事業者)の求めに応じ、インボイスを交付しなければいけません。
2.値引きや返品の明細等(返還インボイス)の交付
インボイス発行事業者は、値引き・返品・割戻といった売り上げに係る対価の返還等が行われた場合には、返還インボイスを交付しなければいけません。
3.修正したインボイスの交付
インボイス発行事業者は、交付したインボイスの記載事項に誤りがあった場合は、修正したインボイスを交付しなければいけません。
では、実際の適格請求書は今までとどのように違うのでしょうか。
適格請求書には以下の項目が記載されている必要があります。
❶適格請求書発行事業者の氏名又は名称及び登録番号
❷取引年月日
❸取引内容(軽減税率の対象品目である旨)
❹税率毎に区分して合計した対価の額(税抜き又は税込及び適用税率)
❺消費税額(端数処理は一請求書当たり、税率ごとに1回ずつ)
❻書類の交付を受ける事業者の氏名又は名称
従来の請求書から追加されているのは赤文字で記載した3点です。
事前にフォーム等を用意しておくと便利です。
このようにインボイスは必要な記載事項は定められていますが、様式や書類名は特に定められていません。そのため、請求書、領収書、納品書などのいずれであっても必要な事項が記載されていればインボイスに該当します。
サロンのどの書類をインボイスとするのか、取引先が発行する書類のどれがインボイスとなるのかの確認を事前に行いましょう。
インボイス制度では、新たな記載項目を追加するほかに、消費税の計算方法や端数処理を見直す必要があります。
まずは取引先が適格請求書発行事業者かどうかにより、仕入税額控除の対象かを判別し、納税処理を分ける必要があります。
このため、請求書等を受け取った場合、仕入元が適格請求書発行事業者か免税事業者等かの確認が必要です。
登録番号の記載の有無で判断しがちですが、登録番号の記載があるからといって実際に適格請求書発行事業者であるかの証明にはなりません。
既に取引のある仕入元が、免税事業者から適格請求書発行事業者となるケースも考えられます。
そういった意味でも、取引の都度、適格請求書発行事業者か否かを国税庁の適格請求書発行事業者公表サイトで確認するのが望ましいといえます。
また、経過措置期間は、3年毎に控除割合が変わるので、その都度処理を変更していくことも忘れないようにしましょう。
現行の請求書保存方式では、商品やサービスごとに消費税の端数処理を行うことが認められていましたが、インボイス制度では、消費税額を計算する際、1つのインボイス(適格請求書)につき税率ごとに1回の端数処理しかできません。
例えば、上図の右側では、個々の商品ごとに消費税額を計算し、その都度端数処理を行っています。
しかし、インボイス制度では、8%対象と10%対象の売上金額を先に合算して、その金額に税率をかけて端数処理を行います。
経理処理においてもこれまでは商品ごとの税込金額を合計して仕訳を計上できたので、請求書と帳簿の消費税が一致しました。その点、インボイス制度では商品ごとの税込金額が記載されなくなるため、以下の経理処理が必要となってきます。
1.商品明細を勘定科目ごとに分類
2.分類した商品を税率別・課税区分別に税抜金額を集計
3.集計したものに8%か10%の税率をかけて税込金額を計算
今までと同じく端数処理は切り上げ、切り捨て、四捨五入などサロンの任意の方法で行うことに変わりはありません。
端数処理の変更にも注意しましょう。
また、従来の消費税額の計算方法は、年間総売上額に対して消費税額を決める『割り戻し計算』方式のみが認められていました。
しかし、インボイス制度によって、都度売上で発生した消費税額を足していく『積み上げ計算』方式を採用することも可能になりました。
一般消費者が主な取引相手となる小売店などでは、積上げ計算により消費税額を算出した方が利益が出るケースも多いことから、積上げ計算を採用する企業も増えると考えらます。
インボイス制度下では、買い手側、売り手側にそれぞれ保存の義務が課されます。発行だけでなく、保存も忘れずに管理しましょう。
【売り手側】
現行の消費税法では、発行者に請求書の保存義務はありませんが、インボイス制度の開始後は発行者もインボイスを保存することが義務付けられます。
適格請求書を交付したら写しを保存するようにしましょう。インボイスの写しとは、交付した書類そのもののコピーに限らず、その記載事項が確認できる程度の記載がされているもの(レジのジャーナル、一覧表、明細表等)でも構いません。
【買い手側】
受領した請求書等においても対価の額が3万円未満の取引の場合はこれまでは保存しなくても問題ありませんでしたが、インボイス制度では金額に関係なく保存することが義務付けられています。
保存期間は交付や提供、または受領した日の属する課税期間の末日の翌日から2月を経過した日から7年間となります。
保存が必要な請求書としては、適格請求書や、適格請求書の記載事項が記載されている売上納品書等、またそれらの電磁的記録(PDFなどの電子データ)が含まれます。
なお、電子データで交付された適格請求書は、『電子インボイス』と呼ばれ、電子帳簿保存法で定められた方法に準じた対応が必要です。
2023年10月1日から、消費税の仕入税額控除の方式としてインボイス制度がスタートします。
インボイス制度は売り手側、買い手側ともに影響がある制度です。
売り手側としてはインボイス制度に対応していないと、対応している企業と比べられた場合不利になってしまう可能性があります。
一方で買い手側はあらかじめ取引先がインボイス制度に対応しているのか把握しておかないと、仕入税額控除ができずに想定外のコストが掛かってしまいます。また業務フローの見直しも必要です。
自社の事業内容や取引先の状況によっては準備すべき内容が異なります。
インボイス制度を正しく理解して早めに準備と確認をし、安心安全なサロン運営を目指しましょう。